舞台は王室の衣服と音楽でまったく違うが、
描かれているものはよく似ている。
どちらも、長年努力し、技術を磨き、
その世界で認められてきた人間の前に、
常識や努力では説明できない「天才」が現れる。
『尚衣院』のドルソクと『アマデウス』のサリエリに共通するのは、
単なる嫉妬ではない。
むしろ、自分が専門家だからこそ、
目の前の天才の凄さを誰よりも理解できてしまう苦しみだと思う。
「自分だって努力してきた。それなのに、
なぜ自分にはこの才能がないのか」。
その絶望とプライドが、やがて嫉妬へと変わっていく。
『尚衣院』は衣服を通して、『アマデウス』は音楽を通して、
才能とは何なのか、努力とは何なのか、
そして人は自分にはないものを持つ人間を
どう受け止めるのかを描いている。
『尚衣院』を観て『アマデウス』を思い出したのは、
たぶん「天才そのもの」よりも、
天才を目の前で見てしまった凡人の悲しさという、
二つの作品に共通するテーマを感じたからだと思う。