認知症になった高齢の父親が、施設に入ることになった――。
そんな内容の漫画をインスタグラムで見かけて、
ふと父親のことを思い出した。
うちの父親は、母が亡くなったあと、老人ホームの見学に行き、
あっという間に入居を決めてしまった。
もともと母が元気になったら、
二人で老人ホームに入ろうと考えていたらしく、資料なども集めていたが。
老人ホームに入ると、「もう家に帰ることはないから、家財は処分して、
家も売りに出してくれ」と、あっさり言われた。
長年暮らしてきた家や、そこにあるたくさんの物に対して、
まったく執着がなかった。
「ここまで潔くできるものなのか」と、感心してしまった。
その後、父は誤嚥性肺炎で入院し、そのまま亡くなった。
父は入院したときに、「延命治療はしない」と医者に伝えていた。
看護師さんからも、「ご家族もご存じですよね」と確認された。
父と母がまだ元気だった頃から、
「自分達は延命治療はしない」と、はっきり言われていた。
だから、父がその時に延命治療を望まなかったことに、
「父がそう決めていたから、その意思を尊重しよう」と、迷いはなかった。
遺言書もきちんと残してあり、財産の分配割合まで書かれていて、
最後の最後まで、用意周到だった。
先日、サンドウィッチマンの伊達みきおさんが、
脳梗塞で入院したというニュースを見た。
それを見て、また父親のことを思い出した。
父も70代のときに脳梗塞になった。
朝、自分の体の異変に気づくと、自分で電話をして救急車を呼び、
なんと救急車には歩いて乗り込んだらしい(母から聞いた)。
幸い、後遺症はまったく残らなかった。
そして、亡くなるまで頭は本当にしっかりしていた。
頭も良くて、暗算などは自分より速かった。
「自分の父親だから」という身びいきもあるのだろうが、
それでも、「世の中には、こんなにすごい人がいるんだな」と、思った。
家に執着しない。物にも執着しない。
自分の最期についても、自分で決めておく。
そして、体に異変が起きれば自分で判断して救急車を呼ぶ。
父親が亡くなってから時間が経った今、
こうして思い返してみると、単に「頭が良かった」というだけではなく、
最後まで自分の人生を自分で決めていた人だったのかもしれない。
インスタで見かけた一本の漫画から、久しぶりに父親のことを思い出した。
亡くなってからも、こうして何かのきっかけで思い出す。
それだけでも、父親はまだ自分の中に生きているのだと思う。