FIFAワールドカップ2026で世界中が盛り上がっているが、
結果を見るだけで、中継を観なくなってしまった。
理由は単純で、試合を観ていて不愉快になる場面が増えたから。
例えば、
- ユニフォームを引っ張る
- 足を引っ掛ける
- 肘や体で小突く
- カメラに映らない場所での足踏みや突き飛ばし
- セットプレーのたびに起きる押し合い・引っ張り合い
- 相手を挑発する過剰なパフォーマンス
- 少し接触しただけで大げさに倒れる
- 痛がって転げ回る
- ファウルをもらうための演技(シミュレーション)
- 選手交代での時間稼ぎ
- ゴールキーパーがなかなかボールを離さない
- ボールボーイによるボール返却の遅延
- 判定のたびに審判へ詰め寄る選手たち
- 抗議による試合の中断
- 審判のダブルスタンダードや恣意的な判定
こうした場面を目にするたびに、
「技術や体力で勝負するスポーツを観たい」
という気持ちになってしまう。
マリーシアという考え方
サッカーには「マリーシア(Malícia)」という考え方がある。
ポルトガル語で「ずる賢さ」「狡猾さ」を意味する、ブラジル発祥の言葉だ。
相手や審判の心理を利用し、
ルールのグレーゾーンを突いて有利を得る技術として語られることが多い。
確かに勝負の世界では駆け引きも重要だろう。
しかし「ルールの範囲内なら何をやってもいい」という考え方が
行き過ぎているように見える。
スポーツ全体に広がる風潮
これはサッカーだけの話ではない、
オリンピック競技を含め、多くのスポーツで、
- 反則にならないギリギリを突く
- 相手のミスを誘う
- 審判の死角を利用する
- 判定を引き出すための演技をする
といった行為が増えているように感じる。
もちろんルール違反ではない場合も多い。
だが、「勝つためなら何でもあり」
という方向へ進んでいるように見えてしまう。
私が観たいスポーツ
私が観たいのは、
相手や審判をだます技術ではなく、
- 技術
- 体力
- 精神力
- 努力の積み重ね
によって勝敗が決まるスポーツだ。
だからワールドカップが盛り上がっていても、
以前ほどサッカーを観ようという気持ちになれない。
ルール上は問題ないのかもしれない。
しかし、
「ルール違反ではない」と「見ていて気持ちが良い、楽しい」は別の話だ。