2026年6月27日土曜日

サッカーを観なくなった理由

FIFAワールドカップ2026で世界中が盛り上がっているが、

結果を見るだけで、中継を観なくなってしまった。

理由は単純で、試合を観ていて不愉快になる場面が増えたから。

例えば、

  • ユニフォームを引っ張る
  • 足を引っ掛ける
  • 肘や体で小突く
  • カメラに映らない場所での足踏みや突き飛ばし
  • セットプレーのたびに起きる押し合い・引っ張り合い
  • 相手を挑発する過剰なパフォーマンス
  • 少し接触しただけで大げさに倒れる
  • 痛がって転げ回る
  • ファウルをもらうための演技(シミュレーション)
  • 選手交代での時間稼ぎ
  • ゴールキーパーがなかなかボールを離さない
  • ボールボーイによるボール返却の遅延
  • 判定のたびに審判へ詰め寄る選手たち
  • 抗議による試合の中断
  • 審判のダブルスタンダードや恣意的な判定

こうした場面を目にするたびに、

「技術や体力で勝負するスポーツを観たい」

という気持ちになってしまう。


マリーシアという考え方

サッカーには「マリーシア(Malícia)」という考え方がある。

ポルトガル語で「ずる賢さ」「狡猾さ」を意味する、ブラジル発祥の言葉だ。

相手や審判の心理を利用し、

ルールのグレーゾーンを突いて有利を得る技術として語られることが多い。

確かに勝負の世界では駆け引きも重要だろう。

しかし「ルールの範囲内なら何をやってもいい」という考え方が

行き過ぎているように見える。


スポーツ全体に広がる風潮

これはサッカーだけの話ではない、

オリンピック競技を含め、多くのスポーツで、

  • 反則にならないギリギリを突く
  • 相手のミスを誘う
  • 審判の死角を利用する
  • 判定を引き出すための演技をする

といった行為が増えているように感じる。

もちろんルール違反ではない場合も多い。

だが、「勝つためなら何でもあり」

という方向へ進んでいるように見えてしまう。


私が観たいスポーツ

私が観たいのは、

相手や審判をだます技術ではなく、

  • 技術
  • 体力
  • 精神力
  • 努力の積み重ね

によって勝敗が決まるスポーツだ。

だからワールドカップが盛り上がっていても、

以前ほどサッカーを観ようという気持ちになれない。

ルール上は問題ないのかもしれない。

しかし、

「ルール違反ではない」と「見ていて気持ちが良い、楽しい」は別の話だ。